4月10日(月)/曇り・小雨

厳しかった今年の冬も過ぎ、あっという間に桜が満開になりました。でも、今日のこの寒さは、風流にいえば「花冷え」なんでしょうが、こういう寒さは身に沁みるばかりで、楽しくも風流でもありません。
仕方がないので、ストーブの前に椅子を引っ張ってきて、本を読んでいます。
最近は、なかなかこれという本に出会いません。ところが、つい先頃、舵社の編集長をしている田久保雅己氏の著作『海からのメッセージ』(舵社)が刊行され、早速取り寄せました。
著書は、舵誌毎号の巻頭言を一冊にまとめたものですから、ほとんどは一度読んでいるものばかりなのです。
しかし、あらためて読んでみると、何ともいえない海への憧れや懐かしさが文中にちりばめられていて、ちょっと覗いてみるつもりで開いた本が、ページを閉じることが出来なくなってしまいました。
一気に三分の一ほど読み進みながら、この胸の内に感じる熱いものは一体何だろうと自問していました。
ヨットを売り払ってオーストラリアから日本へ帰国して以来、私の海とヨットへの関わりは完全に変ってしまいました。
何といえばいいのでしょう・・・海に疎外感を味わうとでもいうのでしょうか。ヨットを介し、私はもう数十年も海の中に住んでいたような気がしていたし、何 の疑いもなく海は私のものと思い込んでいました。しかし、海との架け橋であるヨットを失ってみると、もう、海は私が馴れなれしく近寄るべきものではないよ うな遠さを感じてしまうのです。
私の住んでいる藤沢は正に湘南の海の街です。家は海岸から相当遠いとはいえ、その気になれば、海は間違いなくこの街の南側に誰でも見ることが出来ます。
しかし、それは表面だけの空虚な海です。平面の海・・・どっしりと重量を帯びた立方体の海ではありません。それに、どのマリーナへ出掛けても、やはり私はよそ者だな〜と自分を感じてしまいます。
『海からのメッセージ』には、海を自分のものと疑わなかった頃の、あの微熱的な憧れがぎっしり詰まっていて、文章のあちこちでキラキラと光っています。
この微熱的な憧れを取り戻せないものか!
オーストラリアのマルルバ(Mooloolaba)のマリーナで、世界をヨットで旅する夢を捨てなければならなかったその時、「将来、私はどうやって生きていけばいいのだろう?」と自問したのは、正にこういうことだったのかも知れません。
それから、「自分が伸ばした腕の先の指も見えないほど濃密な霧の中で、自分が何処へ向かえばいいのかも分からない」とも書きました。つまり、海という実態 に向かって進もうとすると、そこには海からの疎外感が立ち塞がっていて、私の視界を閉ざしてしまうということもその一部なのかも知れません。
そうした閉塞感の闇の中に、キラキラと光るものを見せてくれたのが『海からのメッセージ』でした。
海は誰も疎外しないし、誰にでも平等に潮風や陽射しや水平線の彼方への憧れを与えてくれるとその本は私を諭してくれました。
まあ、この齢になると、太平洋を越えて再び旅に出ようなんて気概はもうありません。せめて、どこかの辺鄙な漁港の片隅にでも25フィート程度の小舟を浮か べて、かつてのようにカクテルや覚えたての料理を振舞ったりして友と語らうとか、フラリと伊豆大島の波浮の港を訪ねるとか・・・そのくらいの関わりで海と 付き合うことなら出来そうです。実現の可能性は兎も角、夢なら誰でもいくらでも抱え込むことができるではありませんか。
『海からのメッセージ』は、そんな風に私を元気づけてくれる本でした。

*この文章は4月10日に書いたものですが、サーバーの書き込み機能の故障のため、更新が遅れました。

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4月10日(月)/曇り・小雨 への1件のフィードバック

  1. wako のコメント:

    「海はいつだって逃げない・あなたの心が海から逃げてるのでは・・」
    更新できましたね、おつかれさまでした。

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