2004/9/6 月曜日

9月6日(月) 晴

カテゴリー: 未分類 — zen @ 18:27:11

気持のいい秋晴です。空が高く、爽やかな風が吹いています。
まだ残暑の日々が繰り返されるとは思いますが、季節は確実に夏を遠ざかり、急ぎ足で秋へ向かっています。
浅間山の噴火に続き、昨夜は大きな地震があり、それに続いて津波警報が出て一時騒然としました。大きな被害もなく済んだようで、ほっとしています。
次々と台風がやって来ます。しかも、前線を刺激してスポット豪雨を降らせ、昨日の夕方の渋谷の繁華街は短時間でしたが道路が膝まで冠水したり、何だか、今年は自然災害のラッシュです。
かと思うと、ロシアの航空機同時爆破に続き、北オセチアでは目を覆いたくなるような悲惨なテロ事件がありました。テロの連鎖には、憤りとやり切れない無力感を覚えます。弾圧が反抗を生み、それを力が制圧し、更なる抵抗を招くという力と力の応酬の構造には際限がありません。北風と太陽と旅人のお話があります。身近にこんなに素晴らしい教訓があるというのに、指導者といわれる人々は、何故それを学ぼうとしないのでしょう。

引越を終えて2週間が経ち、どうにか新しい住いにも慣れてきたようです。しかし、高層集合住宅というものは、地域の生活パターンだけでなく、在来型の家に住み馴染んだ者にとって戸惑うことがいっぱいです。
例えば、室内の温度や湿度の変化の具合、風が収斂して強まったり遮られたりする様子とそれにつれて起こる風の音、音源を感知出来ない複雑な音の反射や聞こえ方、向かいの棟の我が家と全く同じ間取りに画一的に点る電灯の不思議さ……。それでも、生活の利便性や合理的な設備に助けられ、とても安楽な毎日を過ごしています。

新たな作品を掲載しました。『タネという名の天使』です。
これは、初めて南太平洋の島ヒバオアに着いて、そのあまりにも長閑な佇まいに当惑しながらも、そこに繰り広げられる日常に酔い痴れ、夢見るようなひと時にイメージを重ねて綴ったものです。
木々や茂みが風にそよぐかすかな音と囁くような遠い潮騒、それしか音というものがない世界です。ジャングルの中に書き割りされたような乾いた白い道にふと足を止め、呆けたようにその世界に同化すると、自分一人しかいない不思議な世界が拓けます。浮遊するようにそんな次元を歩いてゆくと、乾いた広場が現れました。一台しかないサッカーのゴールポストの傍らに草を食む若い馬がいました。そういうシチュエーションに天使のように純真な現地の子供を重ねて描いてみました。
南太平洋の島々では、家族という意識が私たちのそれとは大いに異なります。現地の青年と友達になって、誘われるままに彼の家を訪ねると、同年輩の子供が大勢いたりします。子供たちはみんな家族なのだそうです。詳しく訊くと、自分の子供のほかに兄弟や友達の子供、さらに何となく居着いていっしょに暮らしているという子供もいます。そして、それらの大家族が、何のわだかまりもなく大らかに暮らしているのです。
また、親が他の島へ出稼ぎに行ったり、他の島から働きに来たりして何年も家族と離れ離れで暮らしている大人もいます。でも、そこには何の悲壮感もなく、みんなのんびり長閑に暮らしているのです。
ですから、私が綴った物語は、彼らの大らかでカラッとした感性からすると不自然なセンチメンタリズム、いってみれば、他所者の余計なお世話なのかも知れません。
しかし、文化の違いといってしまえばそれまでですが、行く先々には他所者だからこそ感じられる心が痛む風習や出来事も沢山ありました。それらはまた別の機会にお話いたしましょう。

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