2月9日(水)/曇時々晴・11℃
ヨットMIYAのその後をお知らせします。
1月末にヨットがシーボニアに回航され、2月4日にオーナーである畑下さんが、今給黎さんの車で三崎に到着しました。4〜6日までは、畑下さんは三崎の海員厚生施設の旅館に滞在され、その後、シーボニアのコンドミニアムに移られました。ベランダからはマリーナが一望できるロケーションに畑下さんも満足のご様子です。
6日には、シーボニアで畑下さんを囲みお話を聞く会を催しました。当初は、サポートの志のある方々の顔合わせを兼ねてというものでしたが、シーボニア・ヨットクラブの協力も得て、50名もの方々が集まって下さいました。
大勢の聴衆とマイクを前に畑下さんは緊張気味でしたが、お話が進むにつれお得意の弁舌が冴えわたり、所々、拍手喝采が湧き起こる場面もありました。
シーボニアのメンバーの年配の方々が「もうそろそろ、ヨットは若い者に任せて…」などといいますと、「オレはまだまだ止めないよ。この次はパナマを抜けてカリブ海、そして、大西洋を渡ってギリシャへ行く」とやり返されていました。本当に、凄い爺様です。
お話会の後は、多くの方々のお手伝いを得て、艇の中の私物を倉庫へ移す作業になりました。何しろ、所帯道具一式を積んできたというように、物凄い量の荷物が積まれています。それを仕分けしながら艇の外へ出し、小さな台車で何十往復もの運搬作業です。kairen のサイトでお話会を知った飛び入りの方までが、一生懸命働いて下さいました。
翌月曜日は、畑下さんがコンドミニアムへ引越しです。お近くサポートの方がお昼の差し入れをして下さったり、昨日運び残した荷物を運んだりの一日でしたが、外国船籍のヨットの査察に係官がみえて作業が中断し、加えて余りの寒さに早めに作業は中断されました。
その後、今給黎さんと彼女のパートナーが畑下さんのコンドに泊まり込みでサポートを続けて下さっています。しかし、明後日(11日)には彼女たちも国際ボートショーに出席のためにシーボニアを離れます。
考えてみれば、何一つ不平ももらさずにサポートして下さる今給黎カップルに、私たちはおんぶにだっこだったと思います。よくぞあそこまでお世話が出来ると、心から感銘させられます。
11日以降は、それこそ地元の私たちが全てを引き受けてお世話をする訳ですが、とても今給黎カップルのようには出来ません。せいぜい、毎日誰かが畑下さんの所に顔を出し、お世話すべきことを見つけ出してお手伝いする程度です。私も、最低でも一日おきにはシーボ二アへ通い、出来る範囲でお手伝いさせていただきますが、私たちサポーターが引き上げた夕方から翌日午前中までは、マンションで全くお一人で過ごされる訳です。歩行もしっかりしてきたとはいえ、補助の手押し車を使っても一人の歩行は、まだ危険な状態です。その間に何かが起こったら・・・もう、心配事は際限がありません。
人手が必要になったら、いつでも電話して下さいと、電話機の傍らに私の番号を書き置いてきましたが、遠慮深い方でもあり、簡単には電話をしてくれそうもありません。
しかし、私たちに何が出来るのだろうかと考えてゆくと、ボランティアのサポートの限界がこの辺にあるのだろうと思い当たります。畑下さんが清水にいらっしゃった時、親身にお世話して下さった内海さんは「出来る事を、出来る範囲で」といわれていましたが、多分、いろんな意味でこの限界を実感されてのお言葉だったのかも知れません。必要な事に必要な時に応えられる善意、押し付けにならない善意というものは、考えてみると本当に難しいものだと感じております。
本当に今給黎さんカップルが畑下さんに接する姿には頭が下がりました。
お二人の行動力と心の広さ&笑顔は大きな海の輝きのように眩しいものです。
コメント by wako — 2005/2/10 木曜日 @ 8:21:08