3月7日(月)/快晴・13℃
昨日までの数日、真冬の寒さでした。
それなのに、今日は正に春です。
私は、常々、天候には恵まれない傾向があり、私の長期航海中もあまり天候には微笑んでもらえなかったと記憶しております。しかし、wakoが同行すると大抵は好天に恵まれるのですが、畑下さん訪問は彼女の都合と折り合わず、ほとんど一人でお訪ねし、悪天候ばかりです。
昨日なんか、畑下さんと丸八旅館のお部屋で、暖房をガンガン効かせて、年寄り二人丸くなって、ひたすら四方山話に終始しました。
そして今日、ファストマリーンの加藤君と、快晴のハイウエイを入国管理局(横浜)へドライブです。
畑下さんサポートのボランティア活動も、畑下さんご自身の順調な回復とあいまって、どうにか順調なペースが出来上がりつつあります。これも偏に、皆様の心優しいご支援の賜物と感謝しております。
しかしながら、肝心の艇の修理は、様々な段取りが十分に整わず、まだやっと端緒についた程度。畑下さんが蛮声を張り上げて指図するというところまでは進んでいません。
艇の整備が順調に進み出せば、本来の目的である奥様のご遺骨の納骨や、畑下さんの生まれ故郷訪問、はたまた、関係各所へのお礼や表敬の訪問にも出掛けられるのですが。もっとも、今日進めている滞在期間延長の手続きなども、そうした行動を下支えする重要なものの一つですから、大局的に見れば、全て着々と恙無く進行中ともいえます。
それにしても、ボランティアとは難しいものです。これが初めての経験ではありませんが、都度、集う人々の個性の集積が、全く固有のボランティア環境を現出します。それらを、どう効率的かつ機能的に作用させて行くか、それは正に善意の個性のぶつかり合いです。
人それぞれに、こうすれば畑下さんに喜んで貰えると信じて行動する訳です。謂わば善意の行動そのものです。しかし、その行動が、立場々々であながち適切とはいえないケースも出てきます。
例えば、私などは畑下さんに次ぐ年寄り(G2といわれています)ですから、若い人が、畑下さんが楽しんでくれると信じて行った行動が、年寄りには負担であると感じるケースも少なくありません。ボランティアは、その人の身になってといいますが、老境を経験したことがない若い人には、その人の身になるということは極めて難しいことです。
私だって、10年前には想像もしなかったことを毎日経験しています。ましてや若い人には、自分が楽しいことは、年寄りも楽しいに違いないと考えるのも致し方ないことなのかも知れません。
ですから、私は、日々の運動(外出し、たとえ100mでも歩く)と四方山話(その中から、何を望まれているか、どんなことに悩んでいらっしゃるかを聞き取る)に終始しております。特別なことをしようとすれば、必ずそこには年齢のギャップが現れます。若い人なら、長距離のドライブや景勝地へのピクニックも楽しく、多分畑下さんも気晴らしになると考えるでしょうが、目の前に多くのやるべきことを抱えた年寄りには、或いはかなりの負担にもなりかねません。
いつも私が申し上げていることは、ボランティアは出過ぎたことをしないのが第一です。そして、日常的な普通のことに必要を見極めた上で手を貸して差し上げるだけです。それ以上は、はっきりいって余計なお世話なのです。
本当に難しいものです。みんなが折角善意でしてくれることだけに、独善にならないように計らうということは、本当に難しいことです。
明日は、私が畑下さんをお訪ねする日です。今日のように天気がよければ、シーボニアのヤード中をいっしょに散歩しようと思います。
ふむふむ・・・うんうん・・・わーい・・・ちょこっと反省・・・ううう・・・会いたいよお!
コメント by きゅうり — 2005/3/7 月曜日 @ 17:40:45
[MIYA]
zenさんの「Letter from Zen」 更新されてます。 ああ、善意とはむずかしいなあ。 それが複数で行うことならなおさら。 ぐっとはやる気持ちをおさえて一定の距離感を保つのも これまた難し…
トラックバック by 気まマにっき@はてな — 2005/3/8 火曜日 @ 18:38:12