6月10日(木) 曇
先日、作品集のページに「トーマスという隣人」を掲載しました。
この作品は、アメリカ社会におけるかつてのベトナム戦争の傷跡を描いたものです。
ところが、最近の世相をみると、この古いお話が、懲りもせず再び繰り返されようとしていることに驚かされます。
あんなことは、もう二度と繰り返すまいと誰もが心に誓いながら、時を経ず再び繰り返すという人間の愚かさが悲しく思い返されます。人類の歴史とは、そうした蒙昧さが積み上げた破壊と再建、そして再び破壊、過ちと反省、そして更なる過ちの繰り返しに過ぎないのなのかも知れません。
アメリカのイラク侵攻の折、私が最初に感じたことは、「またか!」ということ、そして、「どうして人間はこうも愚かなのか」ということでした。懲りもせず、反省から学ぶこともせず、主義主張をもって絶対悪たる戦争に虚構の正義を唱え、戦争なんかに関係のない人々までも殺戮します。
そんな中で、戦争の悲惨を救おうとした人々、戦争の素顔を報道しようとした人々が拘束されたり殺されたりしました。
政府は、あれほど危険だからと警告したではないかと、あたかも自業自得であるといった語調で自己責任をいい募りました。主権国家であり、文明国なら断固として国民の生命を守るというのが国家としての最低の義務であるということを、ここに事あらためていうことさえ、良識ある諸外国に対して恥ずかしい気がします。
自己責任については、当事者である彼らは、政府や非常識な野次馬どもにいわれるまでもなく承知していたはずです。
人間は、或る一線を越えるとき、否応なしに覚悟という関門をくぐります。それは、いってみれば自己の生命を得体の知れない何ものかに委ねるということです。本当に容易には越え難い難関であり、その決断を自覚するとき、その人は丸裸にされたような無防備感を味わうと共に、全ては自己責任であることを腹に収めて自らの天命に邁進するものです。
そうした覚悟を備えた者に、自業自得とか、自己責任という名の誹謗を浴びせる人々とは、一体、どういう意識をもって生きているのか、或いは、生きることの真の意味や人間としてのぎりぎりの尊厳というものに想いを馳せたことがあるのかと、逆に問い掛けてみたい気がします。
話は変わりますが、そうした一線を越える人々に、私は深い関心を抱いています。『その先の海』でも触れていますが、人間には観戦者と実践者があります。フィールドで行われているゲームを観て楽しめる人(オーディエンス)と、自らフィールドに立ちゲームを参加せずには居られない人(フィールドマン)ということです。
一線を越え、ぎりぎりの覚悟の関門をくぐる人は勿論後者です。そして、そうしたフィールドマンは、常に何かに挑戦することで自らの人生を組み上げてゆきます。
先日、見るとはなしにテレビの深夜番組を観ていました。インタヴューに応えているのは、丸山右京と彼の奥さんでした。丸山はご存知のとおり、かつて世界を股に掛けて転戦したF1ドライバーです。
時速300kmで繰り広げられるF1レースは、常に死と背中合わせの修羅場です。世界中を転戦する丸山を、産まれたばかりの赤子を抱えた奥さんはどんな思いで見つめていたか想像することも出来ません。いつ不慮の事故を知らせる電話が鳴るかと怯えながら暮らしたといいます。恐らくは、夫の安全に何一つ手を差し伸べられないという状況は、丸山本人よりも苦しかったことでしょう。
やがて時を経て丸山がF1を引退することになります。その時、奥さんはどんなにか安堵したことでしょう。これで人並みに平和な暮らしが訪れると。しかし、丸山は登山に転向することを宣言するのです。それも、世界各国の最高峰に挑む訳です。そして、エヴェレストをはじめ多くの冒険登山を成功させてゆきます。
奥さんの心痛を思うと、漫然とテレビを観ている私も胸が痛みました。しかし、その反面、これはフィールドマンとして生まれついた丸山右京という男の業だなと、私は納得していました。
挑む者は脇目もふらず挑み続けます。そうすることが、その男の業なのですから。それしか生きる術を知らない者にとって、どうすることも出来ないことなのです。
しかし、それを見守る側は生きた心地もしない日々を送るものなのだなァと痛感しました。
安穏な人生に幸せを見出そうとする人にとっては何とも困った存在ですし、時には、身近な者を不幸に突き落とす危険人物なのかも知れません。しかし、フィールドマンの資質を持った者は、それでも挑み続けるるしか他に生き方を知りません。
自らも一線を越えてきた者として、または、装備さえ整えば再び世界周航に挑みたいと願う者として、丸山のインタヴューは、多くの反省と慙愧と、どうにもならない私という者の業と、そして、晩年に至って思う臍を噛むような人生の孤独について妙に納得させられるものがありました。
自己責任という話がおかしな方向へ飛躍してしまいました。しかし、資質のあるなしに拘らず、人は時に一線を越える必然に立ち至る局面があるものです。
その時どうするか! 私は、声高にイラクの出来事に自己責任を唱えた人々に訊ねてみたいものだと思います。