2004/9/27 月曜日

カテゴリー: 未分類 — zen @ 15:38:29

9月27日(月)/雨・25℃

めっきり秋めいてきました。ひんやりとした早朝の空気や暑過ぎた今年の夏の
塵を洗い流す秋雨、そして涼やかな虫の音・・・・そういえば、先日のTVで
云っていましたが、都会にはいま「あおまつむし」が大量発生しているそうで
すね。
それは台湾から移入した種で、在来種の松虫とは異なります。その肝心な虫の
音ですが、コオロギや他の秋の虫が3〜4kHzなのに対し,「あおまつむし」は
約5kHzなんだそうです。ですから、その音が甲高く,他の虫の音を覆い尽くし
て聞こえなくするばかりか、人間の聴覚にも金属音に近くて癒しの音とはなら
ないのだそうです。
幸いにも藤沢市のこの辺りには、「あおまつむし」はいないようで、毎晩、在
来種のコオロギの音を聞きながら、深まり行く秋を楽しんでいます。

『西久保隆作品集』に挿絵を付けるようになってから、随分多くの方々から反
響がありました。概ね好評のようで、イラストを描く手にも力が入ります。
今日アップロードしたばかりの『薪能の女』の挿絵は、冒頭に小面を配した写
真を使いました。この写真は、1970年半ば頃にAPA(日本広告写真家協会)の
会員作品として撮影したフォト・エッセーの一枚です。数枚の連作でしたが、
この一枚を残し、他は散失してしまいました。
この写真は、ある種の情念をモチーフとしたものですが、特筆すべき点はその
芸術性よりも4重露光という撮影テクニックです。そこに発生するフィルムの
重層構造と光の透過率がもたらす光学的矛盾は、膨大な計算式となって私を苦
しめたことを記憶しています。ある種、究極の写真とは、意外にも高等数学で
撮影されるものなのです。
さらに、本文後半に掲載された2点のイラスト(能面の般若と狩衣)は、なんと
私が25歳、1962年の作品です。これらは、当時、商業デザイナーの第一線への
登竜門といわれた日本宣伝美術会(日宣美)のコンペティションに出品されて奨
励賞をいただいた思い出の作品です。
他の挿絵は、全て新しく描いたものです。
かつて私が商業デザインの現役作家であった頃、クリエィターには巨大な机が
必要不可欠でした。何故なら、制作に要する膨大な資料として、百科事典や図
鑑、そのために撮影してきた写真や関連雑誌などを広げるためです。
ところが、今、私は、それらの資料を簡単にインターネットから得ることが出
来、机の上は整然としています。挿絵を描いてみて、こんなところにも、しみ
じみとした隔世の感があります。
これからも、さらに多くの挿絵を描いてゆきます。どうぞご期待ください。

2004/9/18 土曜日

9月17日(金)/晴・30℃

カテゴリー: 未分類 — zen @ 3:51:38
youth_drive.jpg
挿絵の一例です。Illustrated by Zen.

9月中旬に差し掛かっても、まだ夏日が続いています。
明日の東京の最高気温は31℃だそうで、夏日の年間最高記録になるそうです。
それでも、日々秋の気配は濃くなって最低気温が20℃前半に収まっていますし、北海道の大雪山系の玄岳(クロダケ)では5合目まで紅葉ラインが下ってきたとテレビでいっていました。

9月17日は私の68回目の誕生日でした。
大抵は、私の誕生日など、本人はじめ周囲の誰の記憶にもなく、数日過ぎた頃、「17日は誕生日じゃなかった?」なんてとぼけた祝福をいただいていたものです。
ところが、パソコンのお陰でしょうか、朝から沢山の方からお祝いのメールや、PCのグループであるへミング・メイトの談話室に私の誕生日へのお祝いメッセージが多数書き込まれました。
さらに、今朝からPCを介し、何通もの動画の誕生日カードや苦心の跡がみえるお祝いメール、さらに電話やら郵便でのカードまで届きました。正直、こんなに多くの方々に祝福される経験は初めてです。何だか、誕生日って本当にうれしいものなんだなァ〜という実感を得た幸せな一日でした。

先日、イラスト(8/25付けの手紙参照)入りの引越のご案内を差し上げたところ、山崎信さん(このHPを実際に形作って下さっている方)から、私のイラストをまとめて発表してみては?というアイディアを頂きました。
ところが、描く端から誰かに差し上げてしまい、私自身の手元に私が描いたイラストはほとんど残っていません。発表するためには、新たに描かなくてはなりませんが、純粋美術の絵描きさんと違い商業デザイン系イラストレータの悲しい習性で、テーマとギャラがはっきりしていなくては描くことが出来ないのです。
そこで思いついたのは、(ギャラは兎も角として)今までPC上に『西久保隆作品集』として発表しているそれぞれの作品に、イメージ挿絵をつけてみてはどうだろうというアイディアでした。
思い立ったら、もうじっとしていられない私です。
以来、描き始めると完成するまで、例え午前4時、5時になろうとも描き続けています。さらに、スキャナがない私は、イラストをデジカメで撮影し、トリミングし、画質修正し、容量を調整するという作業が伴います。なかなか捗りませんが、もう数点の挿絵が挿入され、ほんの少し目先が変わっているものもあります。
既に読んでしまった作品を開くチャンスはないかもしれませんが、これを機にもう一度ページをめくってみて下さい。ついでに、もう一度読み返して頂ければ幸いです。

2004/9/6 月曜日

9月6日(月) 晴

カテゴリー: 未分類 — zen @ 18:27:11

気持のいい秋晴です。空が高く、爽やかな風が吹いています。
まだ残暑の日々が繰り返されるとは思いますが、季節は確実に夏を遠ざかり、急ぎ足で秋へ向かっています。
浅間山の噴火に続き、昨夜は大きな地震があり、それに続いて津波警報が出て一時騒然としました。大きな被害もなく済んだようで、ほっとしています。
次々と台風がやって来ます。しかも、前線を刺激してスポット豪雨を降らせ、昨日の夕方の渋谷の繁華街は短時間でしたが道路が膝まで冠水したり、何だか、今年は自然災害のラッシュです。
かと思うと、ロシアの航空機同時爆破に続き、北オセチアでは目を覆いたくなるような悲惨なテロ事件がありました。テロの連鎖には、憤りとやり切れない無力感を覚えます。弾圧が反抗を生み、それを力が制圧し、更なる抵抗を招くという力と力の応酬の構造には際限がありません。北風と太陽と旅人のお話があります。身近にこんなに素晴らしい教訓があるというのに、指導者といわれる人々は、何故それを学ぼうとしないのでしょう。

引越を終えて2週間が経ち、どうにか新しい住いにも慣れてきたようです。しかし、高層集合住宅というものは、地域の生活パターンだけでなく、在来型の家に住み馴染んだ者にとって戸惑うことがいっぱいです。
例えば、室内の温度や湿度の変化の具合、風が収斂して強まったり遮られたりする様子とそれにつれて起こる風の音、音源を感知出来ない複雑な音の反射や聞こえ方、向かいの棟の我が家と全く同じ間取りに画一的に点る電灯の不思議さ……。それでも、生活の利便性や合理的な設備に助けられ、とても安楽な毎日を過ごしています。

新たな作品を掲載しました。『タネという名の天使』です。
これは、初めて南太平洋の島ヒバオアに着いて、そのあまりにも長閑な佇まいに当惑しながらも、そこに繰り広げられる日常に酔い痴れ、夢見るようなひと時にイメージを重ねて綴ったものです。
木々や茂みが風にそよぐかすかな音と囁くような遠い潮騒、それしか音というものがない世界です。ジャングルの中に書き割りされたような乾いた白い道にふと足を止め、呆けたようにその世界に同化すると、自分一人しかいない不思議な世界が拓けます。浮遊するようにそんな次元を歩いてゆくと、乾いた広場が現れました。一台しかないサッカーのゴールポストの傍らに草を食む若い馬がいました。そういうシチュエーションに天使のように純真な現地の子供を重ねて描いてみました。
南太平洋の島々では、家族という意識が私たちのそれとは大いに異なります。現地の青年と友達になって、誘われるままに彼の家を訪ねると、同年輩の子供が大勢いたりします。子供たちはみんな家族なのだそうです。詳しく訊くと、自分の子供のほかに兄弟や友達の子供、さらに何となく居着いていっしょに暮らしているという子供もいます。そして、それらの大家族が、何のわだかまりもなく大らかに暮らしているのです。
また、親が他の島へ出稼ぎに行ったり、他の島から働きに来たりして何年も家族と離れ離れで暮らしている大人もいます。でも、そこには何の悲壮感もなく、みんなのんびり長閑に暮らしているのです。
ですから、私が綴った物語は、彼らの大らかでカラッとした感性からすると不自然なセンチメンタリズム、いってみれば、他所者の余計なお世話なのかも知れません。
しかし、文化の違いといってしまえばそれまでですが、行く先々には他所者だからこそ感じられる心が痛む風習や出来事も沢山ありました。それらはまた別の機会にお話いたしましょう。

© Copyright 2010 Zen T. Nishikubo. All rights reserved.