2004/12/26 日曜日

カテゴリー: 未分類 — zen @ 23:55:37

12月26日(日)/晴のち曇

夕べは、湘南の海辺のレストランでクリスマス・ディナーを楽しんできました。
クリスマスは僕に何のかかわりもないのですが、なんとなくあわただしい歳末のお祭り気分そのものは理屈抜きで楽しいものです。
それに、お皿の上の料理にもクリスマスらしい工夫がほどこされていて、オマール海老やジェリーに包まれたアスパラガス、スター・フルーツなどでクリスマス・ツリーを形作っていたり、ゲスト・ルームは幻想的なイルミネーションで飾られ、ウェイターやウェイトレスがこの特別な夜を盛り上げようとフレンドリーで洗練された応対に心を砕いてくださるのも、とてもうれしいことです。
海辺といっても、夜ですから海が見える訳でもありませんが、海辺にいるということが心に華やいだものをもたらしてくれます。それに、大きな窓越しに対岸の明かりが見え、それが海面に映ってチラチラ揺れていたり、時折、船の航海灯が真っ暗な海を横切っていったりするのも風情です。
少し夜も更けていましたが、シーボニアまで足を伸ばし、例年、メンバーたちが心を込めて飾り立てるヨットのイルミネーションを見物に行きました。
ところが、時間が遅すぎたのでしょうか、土曜日、しかもクリスマスというのに、マリーナには人影もなく、イルミネーションも例年とは比べものにならないほどお座なりのもので失望しました。僕がシーボニアで遊び狂っていた頃は、それはもう、まるで別世界という華やかさと楽しさに溢れていた訳で、世相が激変したのかなァ〜という寂しさを感じました。
今日は暖かな日差しで朝を迎えました。家中の戸を開け放ち、陽光と新鮮な空気を部屋に満たし、薫り高い朝のコーヒーに充実した時を過ごしました。
しかし、お昼を過ぎる頃から気温は急激に下がり出し、しかも空は厚い雲に覆われてしまいました。藤沢では見ませんでしたが、東京以北ではかすかに小雪が舞ったとも聞きました。
歳末寒波が年の瀬を強く印象づけます。この寒さが、今年一年を振り返らせて、越し方のつれずれに想いを馳せさせます。
それにしても、何と災害の多い一年だったことでしょう。それに、幼児絡みの犯罪の多さには、世相の荒廃が見て取れます。
自然災害では、常に異常気象という説明が冠されています。しかし、或る災害関連の識者がいっていましたが、この異常さが、以後、通常になる可能性があるというのです。
確かに、気象庁90年のデータが最近では当てはまらなくなってなって来ています。例えば、11月3日の文化の日や5月5日の子供の日は晴の特異日といわれてきましたが、この10年ほど、曇りや雨の日が半分以上あるそうです。
10月10日の体育の日もそうです。この日は、高い確率で快晴ということで東京オリンピックの開会式に当てられたことは有名です。
それらの経験的データが、近年ほとんど意味を成さなくなっている訳ですが、何年かに一度外れたのなら異常気象ともいえますが、毎年外れるならその異常気象が気象の通例になってしまいます。
今年の台風の日本列島襲来の形が、毎年繰り返されるかも知れないというのは何とも気が重い想像ですが、そうしたことを念頭において災害復旧も行われなくてはなりません。来年は、今年のような災害が続かないことを切に祈る次第です。
一方、高齢者が頑張っている年でもありました。
特に海では、堀江謙一氏66歳、斉藤実氏70歳が、先を争うようにヨットの無寄港世界一周の航海に出発しました。現在、お二人とも咆える40度線のど真ん中にいて、魔の海域といわれる南アメリカの南端、ケープ・ホーンに接近中です。堀江氏が斉藤氏の900海里程前にいて、1月5日頃ケープ・ホーンを越えそうです。また、斉藤氏は、ホーンを越える頃は71歳になっているそうです。
また、数日前、アメリカ・サンディエゴに住む80歳の日系アメリカ人が太平洋を横断して清水港に入港しました。お名前は畑下栄さんといって、先年亡くなった奥さんの遺骨を日本の地に埋葬するという約束を果たすための航海でした。
しかし、日本近海に達した時、御蔵島の沿岸で漁船と衝突してマストを折り、ご自身にも船体にも多大な損傷を負って御蔵島に滞在中でした。国内のヨットマンや御蔵の漁師、さらに下田管区海上保安部などの協力で22日、無事清水港に入港しました。
数日の航海ならいざ知らず、何ヶ月にも及ぶ航海は体力だけで乗り切ることは出来ません。勿論、体力は不可欠ですが、気力が漲っていなければ、とても果たせることではないということです。面白いことに、気力は体力から生まれるものですが、それ以前に、体力を高揚させる気力がその人に備わっていなければならないという循環構造が冒険者固有のものなのかも知れません。
すっかり長広舌になってしまいました。今年はもう残り僅かです。どうぞ悔いのない一年を終えると共に、来年を最高の年にされるよう頑張って下さい。
最後に、今年も我がホーム・ページをご愛読下さいました読者の方々に心からの感謝を申し上げます。  zen

2004/12/16 木曜日

カテゴリー: 未分類 — zen @ 2:52:15

12月15日(水)/曇・11℃

とても寒い一日でした。空は雲に蔽われ、今にも雨が降り出しそうでした。そして、冷たい
北風がスェーターを通して肌に突き刺さります。団地の広場にひときわ高く聳えるケヤキ
は、つい数日前まで残照にキラキラと輝いていた黄金色の葉を、もうほとんど残していま
せん。人々は心もち背を屈め、首を竦めるようにそそくさと歩いています。
広場の中心にはモニュメントがあり、それを取り囲むように石のベンチが並んでいます。
そのベンチに、立てた杖に両方の掌を重ね、その上に顎をのせて腰掛けている老人が
いました。目だけが、走り回る子供たちを追い、時折、淡い煙ほどの笑みが眼差しをよぎ
ります。
僕はいつものウォーキングです。葉が落ちつくしたケヤキを見上げ、そして、広場をざっ
と見渡した時、視界の隅に老人が腰掛けていた訳です。
巨大な住宅団地はひとつの街を形成していて、そこには高層住宅群の無機的な質感と
はうらはらに人間臭い生活感が漂っているものです。
きちんと整頓された自転車置き場の隅に、三輪車やプラスチックの玩具の自動車が一人
前の顔をして並んでいたり、子供の声やそれに応える母親の声が聞こえてきます。お風呂
場の小窓からは洗ったばかりの子供のズック靴が半分顔を出してしずくを滴らせていたり、
どこからか鯖の味噌煮を調理する美味しそうな匂いもしてきたりします。
団地は、それぞれの棟に道が通じ、それが次の棟へと繋がっています。ですから、団地内
は、それこそ迷路のように入り組んだ素晴らしい散歩道なのです。しかも、或る棟を過ぎる
と、そこは小さな公園やちょっとした球技用のグランドになっていたりして、飽きることがあり
ません。
僕は、通りすがりに目が合う人には必ず挨拶をします。勿論、全ての人が挨拶を返してく
れる訳ではありませんが、そんなことは一向にかまいません。時には、簡単な天気の話を
交わすこともあり、さらに、どちらの棟にお住まいですか?などと立ち話になることもありま
す。
そんな風に小一時間も歩いて、また広場に差し掛かりました。
さっきの老人が、さっきと同じ姿勢でベンチに腰掛けていました。こんな天気なのに、石の
ベンチに腰掛けて寒くはないのかしらと気になりました。老人は黒い外套を着込み毛糸の
帽子を被っています。首の辺りにはぞんざいにラクダ色のマフラーが巻きついていますが、
手袋は嵌めていません。手が寒さで真っ赤になっているのに、冷たさを辛いと感じている
様子もありません。僕は隣のベンチに腰を下ろし、老人に声をかけました。
「こんにちは。寒い一日でしたね」
「あゝ」と老人が答え、相変わらず目だけが自転車で走り回る子供たちを追っています。
「さっきからここに腰掛けていらっしゃいますが、誰かをお待ちですか?」
「あゝ、ばあさんを待ってるの」
「そこのマーケットでお買い物してるんですね。でも、随分長いお買い物ですね」
「うん、もう随分待ったなァ。もう迎えに来てもいい頃だがなァ。じきに日が暮れるというのに
なァ」老人は心もとなさそうに呟きました。
「お住まいはこの団地ですか?」
「うん、その先の・・・」
その時、中年の女性が駆け寄ってきました。
「おじいちゃん、やっぱりここだったのね」女性はそういって僕を見て何か口ごもっている
様子でした。僕は身内の方が迎えにみえたと思い安心して立ち去ろうとしました。
「あの、私、おじいちゃんの介護ヘルパーなんですけど、お知り合いの方でしょうか?」
「いえ、通りかかりの者ですが、この寒空に随分長い間このベンチに腰掛けていらっしゃる
ので、気になって声をお掛けしたんです。おばあちゃんを待っていらっしゃると・・・・・」
「そうでしたか、ご親切にありがとうございます。お婆ちゃんは2ヶ月前にお亡くなりになりま
した。れからお爺ちゃんの徘徊が始まって・・・今日も、2時間以上もあちこち探しました」
ちょっと恨みっぽくそういいながら、老人を見る彼女の目は優しさを湛えていました。
女性は、腕を取って老人が立ち上がるのを助け、老人の背中の手を添えるようにして歩き
出しました。その覚束ない足取りが、夕暮れも間近な不鮮明な光の中を遠ざかる時、僕は、
はっきりとお爺さんに寄り添って歩くお婆さんが見えたと思いました。

高齢化社会が喧しく議論される中、今年も師走を迎えました。世相は、高齢者にとって益
々厳しいものになってゆきます。そんな中、永年連れ添った配偶者に先立たれた老人は、
今日僕が出会った人だけではありません。でも、同じ境遇の人が他にもいるからといって、
そんなことは何の慰めにもなりません。老年の孤独は、その人ただ一人で噛み締める孤独
なのです。「あゝ、ばあさんを待ってるの」・・・・・そういわせる微かなボケが、あの老人のささ
やかな救いなのかも知れないなァと思いつつ、僕の今日の散歩が終わりました。

2004/12/2 木曜日

カテゴリー: 未分類 — zen @ 6:08:55

12月2日(木) 曇、のち晴

2時にベッドに入り、4時過ぎに目が覚めた。のこのこ起き出してコーヒーを淹れ、ブラ
ンデー・ケーキを頬張りながらPCを立ち上げ、親しい仲間のHPをあちこちサーフィング
していた。
ふと、今給黎教子さんのHPを覗いた。そうしたら、斉藤実さんの書き込みがあった。
斉藤さんとは、豪快なセーリングで周囲をアッといわせる人で、世界一過酷といわれる
『アラウンド・アローン』という単独世界一周レースを3度も完走された国際的に有名な
セーラーだ。
僕がニューカレドニア近辺を航行中、彼と無線が繋がったことがある。かなりハードな航
海をされていると聞いていたので、様子を尋ねた。そうしたら、「今日、オーストラリア以
西の大時化の海でヨットがノックダウンを食らって、手指を骨折した」とのこと。大丈夫な
のか?と訊くと、添え木して縛っておけばその内に治るという返事だった。何とも豪快な
方である。
その後も何度か無線でコンタクトしたり、帰国後、シーボニアでお会いしたりしたが、以後
連絡もとれぬまま今日に至っていた。前の航海で心臓発作を起こしたといっていたし、も
う70歳にもなられたことでもあるから、少しは大人しくしているかと思ったら、何と、きゅうり
(今給黎さんのニックネーム)のHPに、余りにも調子のいい実さんの書き込みがあった。
よく見ると、現在位置南緯23度45分、東経176度23分とある。海図を引っ張り出して調
べるとクック諸島海域、ラロトンガの僅かに東の海上だ。その記載を無断で拝借して以下
に転写すると・・・

12月1日、12:00GMT(00:00LST)23°42’S/176°23’E
ヘディング 180°2.3ノット 風ESE 風力2 晴れ 雲がチョッピリ 1014hp 
気温23℃
NEに寝待の月、Port側10時30分方向(南東)水平線上 5度の高さに十字星。
その上約20度の位置にニセの南十字星、そのまた左斜上にワンサイズ大きいニセの南
十字星、3つの南十字星が三段重ね。そしてスタ−ンのウィンドベンの真上にオリオン星
座。半分水割りの黒糖酒、大きめグラスで一杯だけ。カワハギの干物をかじる。都会の喧
騒の中で呑む酒よりはるかに旨い。教子のアネゴも停泊ヨット「タラチネ」のデッキで呑ん
でるか!!
無事帰れたら、落花の舞の花吹雪の中で花びらの浮かんだコップ酒、キビナゴか、豚の角
煮で呑もう。酒は桜か落花の舞、吹けば飛び散る花びらを、盃に浮けての桜酒。ショットバ
ーでの一杯よりはるかに風情がある。
日本は、いやだウルサイ、ポトマック河畔だよ。静かにな・・・。

いやはや、この書き込みには参った。何というか、はらわたが煮えくり返るほど羨ましい。
この踊るような調子の良さは何だ?夏の夜中のそよ風を頬に受けて、黒糖焼酎の水割り
片手に南十字星?十六夜の月にオリオンだァ?あ〜、畜生!!!
この満足感には覚えがある。ホントに何もかも、この夜空全部が独り占めって、思わずに
んまりと笑みがこぼれるものだ。確かに、それを手にするには命懸けだけど、ここまで来
なけりゃ絶対に手に入らない飛びっ切りの充実感だ。
最近は、すっかり体力に自信を失っている僕だけど、実さんの書き込みは、久し振り
に僕の体内の血を沸騰させた。もうそろそろ6時も近い。とても眠られそうにない。

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