2月20日(日)/曇・小雨
MIYAがシーボニアに回航されて3週間も経つのに、明日からやっと船上での修理作業が始まります。
これは、畑下さんがアメリカでの所帯道具のほとんどを船に積んでいて、艇の修理のためには、それらを全て運び出さなければならなかったこと、そして、MIYAに先立つ他艇の修理のスケジュールが詰まっていることなどが原因の一部です。
待つことって、結構辛いものです。恐らく、畑下さんのお気持にはジッとしていられないような焦燥感があったことと思われます。
その間、ボランティアの面々は、お話し相手を勤めたり、散歩や衝突の折の傷の手当に病院へお連れしたり、いっしょにお昼を食べに出掛けたり、三浦の街をドライブして、昔、畑下さんご夫妻が住んでいた家を探したりしました。家は、まだちゃんと建っており、畑下さんは亡くなった奥さんとの想い出のよすがを発見して、とても嬉しそうでした。
勿論、その間に艇の修理に関わる様々な交渉事や修理の段取りなどを話し合ったりもしました。それでも、畑下爺さんとしては、実際にヤードで修理作業に立会い、具体的な指図や号令を掛けたくてジリジリしていたことと思います。
それにしても、ボランティアとは、本当に難しいものです。
当初、声援を送って下さる方があれだけ大勢いたのに、いま現在、実際のお世話に関わっているのはたった3人です。多分、お気持はあっても、どう手を差し伸べてよいのか分からず、手を出し兼ねている方々も大勢いることと思います。また、遠方だからとか、忙しいからとかいう理由で気持があっても手伝えないという方もいます。
でも、実際に関わるということは、そういうことではないと私は思うのです。
問題は、やる気持ちがあって、それを実行しようと決意するかどうかでしかありません。
3人のボランティアが遠方ではなく、多忙でもないなんてことは絶対にありません。身内に重症の病人を抱えている方、決算の真っ最中で会計士や税務署の帳簿チェックの合間を見つけて来られる方々なのです。私なども、通常1時間半の道程も、混雑すれば片道3時間掛かります。それでも、本当の使命感があれば、何の苦も感じずにお世話に馳せ参じます。
手を差し伸べられない方々は、思うに任せぬ気持の裏返しで様々な憶測や仮定の危惧など、状況を混乱させるような言動を如何にも情報然とサイトやメールに流します。まるでお祭り騒ぎです。愚にもつかぬ書き込みをする時間があったら、現場に来て手を貸してくれればいいのです。
ボランティアとは、もっと寡黙で、地味で、地に足が着いた日常活動です。
マスコミがどんなに騒ごうと、私たちには何の関係もありません。但々、畑下爺さんの夢を実現させて上げたいという思いに貫かれ、そのために今何をして差し上げられるかというだけのことなのです。
今週の終わり頃には、3人のボランティアのお一人が姫路に移られます。猫の手も借りたいというのは、正にこのことです。誰からも注目を浴びず、地味で報いもないこの活動に手を貸して上げようという方がいらっしゃったら、どうぞお知らせ下さい。
唯一の願いは、畑下さんがお元気に歩けるようになること、そして、いつの日か、万帆に輝かしい日差しを浴びて、畑下さんが日本を出航して行くことを実現すること、ただそれだけです。