3月18日(金)/南寄りの強風
老年とは面白いものである。
老年をどう捉えるかは人それぞれだが、概して否定的に、或いは悲観的に捉えるのが一般的のようだ。それを面白いと捉えられることが出来るのは、様々な苦難の中にありながらも、幸せな老年を過ごしている証拠だと自己満足している私である。
私の周りには、現在、四つの老年がある。
一つは、目下ボランティアとしてお世話している81歳の畑下翁、もう一つは私の二歳下の弟、さらに、私のパートナーの90歳を過ぎた両親、そして私自身である。
畑下翁についてはこのページで随分多く語ってきたが、アメリカで他界した奥さんの遺骨を故郷のお墓に埋葬するためにヨットで太平洋を渡って来た人だ。元(30年前)、マグロ船の船頭を務め、太平洋を自分の庭のように感じているらしいのだが、何とも恐れ入るのは、ヨットの操縦をサンディエゴでたった3日間習っただけという。それも80歳(当時)の老人が、である。
この決断を喝采するか非難するか、或いは、この行動を快挙というか暴挙というかは、この拙文を読まれる方の感じ方次第のことだが、暴挙ともいわれかねない航海を敢えて行わしめたものは、畑下翁の体内に濃密に流れるロマンの血であることに異論はないだろう。
不幸にも、日本本土を目前にして漁船に追突され、ヨットは大破、ご自分も相当の怪我をされた。現在、我々のサポートを受けざるを得ないことはご本人として残念なことだろうが、この航海の根幹が老いることのないロマンであるだけに、ボランティアとして関わる私たちとしては、年寄り固有の頑迷さもひっくるめて、日々、達成感のあるお世話をさせて頂いている。
弟については、つい先頃まで病気というものを知らない頑健な男である。
60歳に手が届く頃、何の弾みか、本だけを頼りにコンピュータの基礎から学び出し、今や2000人の熟年会員を擁するパソコン関連のグループを率いている。昨年末は、メンバーに毎日発行するメール・マガジンのコンピュータ・インターネット部門で一位、総合グランプリ部門二位を獲得するまでになった。
しかし、今年初め頃に風邪をひき、持ち前の健康過信から症状を悪化させ、遂には、3月半ばに差し掛かって肺気腫と肺炎を併発している。
若い頃の健康の記憶から抜け切れぬのは私も同様だが、弟の場合、それが些か度が過ぎる。調子が悪けりゃ酒を飲んで眠れば、翌日は健康体に戻ると未だに信じて疑わない。
肺炎は年寄りには恐ろしい病気である。医者は、即入院を勧めたが、頑として受け付けない。来週予定されている姫路でのオフ会には出席すると意気込んでいるから始末が悪い。
肉親とはいえ、独立した人格を具えた男を、無理やり病院のベッドに縛り付けることも出来ない。さらに、「結果がどう転んでも自分持ち」と考える私たち兄弟として、命懸けの冒険(無謀)もそれぞれの生き様と考えている。
ただ、無茶の結果が人様に迷惑がかかることだけは止めてくれと懇願するのだが、これも老いの頑迷か、すんなりとは長兄の意に沿ってはくれない。
パートナーの両親とは、さほど深い関わりがない。しかし、彼女から聞くかぎり、まことに良い年をとっていると感じられて快い。互いに連れ合いが健在ということもその大きな要因だろうが、年相応の健康の悩みや子に先立たれたという大き過ぎる悲しみがあるとはいえ、老いをありのままに受け止めて老年を静かに楽しみ暮らす姿に、私の将来の指針を見る想いがする。
そして、最後は私自身。
これほど好き勝手に人生を生きてきた男も稀だろう。弟について述べたとき「自分持ち」と書いたが、それは、家族の中で私が一番その思いを押し通してきたと思う。どう生きるかだけじゃなく、どう死ぬかも生き様ではないか。自分の生き様に誰も口を挟ませないという無頼な信念が、危惧する周囲の目を跳ね除けて突き進んだ人生だった。
そして迎えた老年に、今現在、どれほどの違いがあっただろうか?
様々な老人病を抱えきれないほど背負って人並みに健康に悩み、ささやかな体調の変化に一喜一憂し、健康に良いという食品や運動に縋り付き、私は今、こんなはずじゃなかったと、慌てふためいている。
何れにせよ、上手に年をとりたいと思う。それは、適度の冒険心やロマン、大きな心であるがままを受け入れる寛容、若さへの憧憬を忘れず、時に、青春真っ只中と信じて恋もする心の柔軟さ、そして、多くは望まぬが程々の健康が不可欠だと思う。
周囲を戸惑わせる陰湿な老年はゴメンだ。接する全ての人々に明るさをもたらす老年でありたい。まだまだ恋も冒険も過去のものではない。そう信じ続ける心の健康こそが大切なのだと考えている。