2005/8/17 水曜日

8月17日(水)/恐らく曇り

カテゴリー: 未分類 — zen @ 5:03:59

午前2時、深夜である。
暑さや、他愛もないことが気持に引っかかって眠れず、11時に睡眠薬をのんだ。それでも、眠気は一向に訪れない。いや、束の間、かすかに意識にレースのカーテンのような遮蔽物がやんわりと降りかかったことはあった。しかし、これまた夢とも思えぬややっこしい思考の拘りが、眠りの入口だったかも知れないカーテンを取り払ってしまった。時計は2時を指している。こんな時間、外なんか見たって何にも見えやしない。だから、8月17日(水)/恐らく曇りなんだ。恐らく・・・。
『禅からの手紙』に書くべきテーマがあってPCに火を入れた訳でもない。目が醒め、暫く寝床にしがみついて、やがて諦めて手洗いに行った。そして、冷蔵庫を開けて飲み物を物色・・・といったってウーロン茶とジンジャーエールしかない。ウーロン茶に氷を2,3欠け入れてデスクの革張りの椅子に腰を降ろした。
結果、PCは電源を入れられ、冷却ファンが回りだし、やがて画面に火が入った。
誰かにメール書くって宛てもなし、またそんな時間でもないし・・・まあ、書くとすればホームページの『Letter』でしょう。

気になってしょうがないことといえば、このところ、やたらと「黙祷!」って多いと思わない?黙祷って、犠牲者の霊を慰めると共に、もうそういう間違いは犯しませんからっていう懺悔でしょう。それが、どうしてこんなに多いのか、どうしてこんなにも誤りばかり繰り返し、そして懺悔ばかりしているのかって、不思議に思わない?もう致しませんからって謝っておいて、また別のところへいって同じような詫びの言葉を繰り返すって恥ずかしいと思わないのかなァ。
まあ、確かに、或る永いスパンを我々が拘わるべき時代と心に決めれば、そこに時系列的に多くの歴史が積み重なってきて、『黙祷!』や懺悔やお詫びや反省の機会が多くなるというのは、仕方がないことなのかも知れないけど。それにしても、次から次へと、繰り返すべきではない過ちが繰り返され、来年になれば、さらに懺悔の機会、いや『黙祷!』の機会がふえるんじゃないかしら。

オレって、揉め事って大嫌いなのよ。彼女とのちょっとした気持の行き違いが言葉や行動に現れると、もうオレってシュンとしてしまう。
揉め事が好きな人はいないっていうけど、テレビ・ドラマなんて、ほとんどが登場人物同士の揉め事がテーマじゃない。それを、みんな夢中になって観ている。あれ、オレには到底我慢出来ないのよネ。
それは、ストリー上、二人が親密になるための布石のような揉め事なのかもしれないけど、オレって、そういうプロセスであっても、揉め事なんか人の目に曝して、しかもそれで劇作のプロが、TV局の編成が金とろうなんて魂胆、全く許せないんだ。
揉め事なんてものは、人前に持ち出す前に片付けてしまうべきものでしょ。揉めてる様子なんて、いってみれば当事者の恥部を大衆にさらけ出して見せていることでしょうが。西洋人のカップルなんか、人前でも結構オープンに揉めるけど、オレの感覚でいえば羞恥心の欠落としかいいようがない。つまり、奴らの文化のデリカシーに欠ける部分の露出だ。
ホームドラマもそうだけど、この前北京で開催した6者会議、あれも美意識のかけらもないねェ。
あれほど醜悪な筋書きを演じさせられて、各国代表、誰一人、「オレ、降りるよ」っていわないから凄いよね。日頃、醜悪なものに慣れちゃってるのかなァ。
北朝鮮の美意識が、何といっても最低だ。何故こう決め付けるかというと、あれは大戦前、大国に伍して何とかハッタリででも通さなくては立場がなかった日本の姿と同じでしょ。その結果、どうなったかは誰もが知ってるよね。利害関係が極度に対立して経済制裁から海上封鎖、そして急襲以外に活路を見出しえない日本の軍事事情が、世界戦史のもっともダーティーといわれる真珠湾奇襲攻撃をやらかした。
そして4年後、オレたちゼロから日本を立ち上げるという、まるで奴隷みたいな労働を強いられてきた。企業戦士だとか猛烈時代とか、そして過労死とか・・・。
何んでハッタリまで噛まし、背伸びまでして大国と肩を並べたいのか!北朝鮮さん、日本という反面教師がいるでしょうが。俺なら日本のようなドジは踏まぬというかも知れないけど、思い出してくれ、かつて、それは破滅に至る道だった。
「自民党をぶっ壊す!!」というあれも美意識まるでないよネ。
昔は、反対勢力は、物事の多面性を精査する大切な言論機能だった。だから、野党は在野精神をもって誇りとした。オレは早稲田だから、徹底的に在野精神というものを叩き込まれ、それが早稲田出身者の使命だと誇らしく思ったものだ。
それがどうだ?反対した奴は、政界に復帰できないように完全に手を廻してしまった。何だか、民族殲滅をはかるナチまがいの醜悪さだ。これなんかは、まさに揉め事のいちばん人目に曝して欲しくない部分だよね。
私事に話が飛ぶけど・・・もともと、オレが書くものに揉め事はほとんど書き込まれていない。無意識だけど、魂が通い合うところに物語を育ててきたという傾向がある。
いま、オレはまるで書けなくなってしまった。以前は無意識であっても、揉め事を含む物語を書かなかったけど、今は、あの頃と比べて、比較にならないほど敏感で、揉め事に嫌悪感をおぼえて我慢がならない。何かを書こうとすると、人間や物事のバランスに微妙なひずみが見える。そこに力が及ぶと摩擦が生じ、揉め事が芽生える。世の中に揉め事が溢れている。何も物語にしてまで、世の中をややこしくしなくてもいいではないか・・・そう思ってしまう。
揉め事のない世界ってないものだろうか・・・?世界はそんなに甘くはないよという声が聞こえてくるようだけど、みんながほんの少し、ホントにほんの少し利口になり、我を張らず、譲る心を持ったら、世の中、随分住みやすくなるんだけどねェ~。

2005/8/14 日曜日

8月14日(日)/晴・32℃

カテゴリー: 未分類 — zen @ 21:48:43

今年の夏空は、なぜかすっきりと青く晴れ上がりません。まあ、気象学的にいえば相応の理屈はつきますが、いつも薄雲に包まれた曖昧な夏空なんです。ですから、私の心のどこかで、まだ本当の夏が訪れてはいないという感じがするのです。
明日は終戦記念日ですが、昭和20年のあの日は、抜けるように蒼い空が放心したような私たちの頭上に在ったと記憶しています。誰もが、兎に角暑い日だったといいます。林房雄はあの日を「この夏は かぼちゃまろけの 暑さかな」と詠んでいます。かぼちゃが赤土の焦土に転がっている様子は、なぜか無気力で退廃的で、しかも限りない寂しさを感じさせます。それを、造語でしょうがかぼちゃに「まろけ」という言葉を繋いで表現しています。表現という人為的な行為ではないかも知れません。思わず吐き出した言葉、口からではなく心からこぼれ落ちた言葉・・・そんな感じもします。

ここは善行団地といって、かつての住宅公団が建て、運営してきた巨大な高層住宅群の街です。高齢者の急増という世相を反映して、1,2階の空き家は高齢者用にリフォームし、高優賃住宅として一般に貸し出しています。はじめ「高優賃」という表現は高級で優良な賃貸住宅かと思いましたが、高齢者優遇賃貸住宅という高齢者福祉事業の短縮語でした。
昨日から、一階角部屋の私の部屋の窓下をおじいさんと孫の組み合わせが頻繁に行き交います。
思い巡らすまでもなく、いま正にお盆なんですね。年寄りの家になら孫を連れた子供たちが押しかけています。或いは、祖父母が子や孫を訪問するというケースもみられます。
窓の下を通る一行は、今夜ベランダで行う花火のことや、家に帰って作るカキ氷の話、棟ごとを隔てる広い芝生での虫取りの話、学校のプールで端から端まで泳げるようになった話など、如何にも夏の年寄りと孫の、久しく会った懐かしさと甘えが滲み出た会話でなんです。僕は、散歩の後、冷たいシャワーを浴び、ベッドで転寝をしながら通り過ぎる子供らと年寄りの話を聞いています。あゝ、いいもんだなァ~。お盆というのは、亡くなった身内の魂を招いて共に過ごす数日間というけれど、実は、忙しさに紛れて疎遠になりがちな身内を呼び集める日本ならではの知恵なんだなァ~と気づきました。
話は飛躍しますが、私が何年間も航海を続けながら考え抜き、心の底にドスンと納まったいくつかの想いの中の一つが、「人間は一人じゃ生きられない」ということがあります。「生きられない」というのは、生きているのは一人の力ではないという意味も含みます。勿論、ストイックに苦行のような生き方を通すというなら話が違いますが、目線を前方やや高い所において、充実した人生に満足し、さらに幸福を追求して楽しく生きようとするなら、一人ではどうしても行き詰まりを来たします。詳論は避けますが、「人間は一人じゃ生きられない」という考えは、自らを極限状態に置きなが自らを直視し、ある種の悟りのように心に納まってきた結論です。
日本古来の知恵を暦に折り込んだ先人の英知は、先祖の魂を招くという大義でお盆をしつらえ、現世に生きる人々の出会いや再会の場を演出している訳です。夕暮れが訪れ、高層集合住宅のエントランスでも、チラチラと迎え火が燃えています。こんな情景も、私が夏という季節が大好きな理由の一つかも知れません。

2005/8/5 金曜日

8月4日(木)・晴れ時々曇り・32℃

カテゴリー: 未分類 — zen @ 3:29:11

ひどい暑さが続いております。
熱中症、熱射病、紫外線被害など、最近は注意を払うべき項目が矢鱈と増えていますが、大過なく猛暑の季節をお過ごしになられるよう暑中お見舞いを申し上げます。

先日、私の作品『癌』を読んで下さった方からお便りをいただきました。
その一部を転写させていただくと、「癌の匂いは確かにあります。消化器の癌で死ぬ人、見つかる人は同じ匂いがします」というものでした。
これは、作品の『癌』の中で、主人公の「私」が結核病棟での入院経験から、それぞれの病気には固有の匂いがあると確信します。そして或る日、自らの口臭の中に癌で死んだ叔父と同じ匂いを感じ、癌に侵されていることを知るという箇所があります。さらに「専門の医師の方には一笑にふされるかも知れませんが・・・」という言い訳めいた文章が続いている訳です。
このメールを下さった方は、北海道で医師をされている方です。多分、私の文中の危惧を気遣って、癌には固有の匂いがあることを教えて下さったのだと思います。早速、感謝の気持をお伝えすべくお礼のメールを発信しておきました。
私のようなアマチュアの物書きは、プロの作家のように様々な考証や取材に時間や人手や経費をつぎ込むことは不可能です。自らが経験や見聞で蓄えた知識、書籍などの文献、それでも不十分な場合は、せいぜい図書館に馳せ参じるのが関の山です。
私などは感性で書き通してしまう方ですから、書き上がって後、作品の記述に重大な誤謬がないか、ちょっとした専門知識などでとんでもない過ちを犯してはいないかと、いつも気にかかります。ですから、確信が乏しい部分を補強し元気づけて下さるメールは本当にうれしいものです。

それにしても、或る程度の期間継続した観察とは凄いものだと、我が事ながら感心してしまいます。
私も、作品に登場する匂坂という青年(実在)も、病気に固有の匂いがあるなんて先入観は皆無でした。それなのに、変動が少ない或る状況を一年間以上も観察し続けると、そこに一定のリズムのように法則めいたものが見えてきました。それが、聞いたこともない「結核病棟固有の匂い」であり、やがてそれは「結核菌の匂い」という私たちの共通認識になっていった訳です。
結核菌に固有の匂いがあるのなら、癌にだって固有の匂いがあるはずではないか・・・そう考え、それを物語りに綴ったのは私の感性です。しかし、感性で書き流したものには不安が残ります。書きながら、専門の医師から「何を馬鹿なことを言っているか!」とお叱りを受けるのではないかとビクビクしながら書いた当時を思い出します。
海の天気は地元の漁師に聞けといいます。毎日、不変の地形に兆す気象的な微妙な変化を、何年も、何十年も眺め、いや、旧い言い伝えも含めれば何百年も観察し続けてきた確かさなのです。それが天気の変化のみならず、複雑な潮流の変化や波の立ち方の予測にまで及ぶことに、私たちヨット乗りは、いつも驚かされます。
観察の継続は、時には専門の学術的知識を凌駕します。逆の方向からいえば、アカデミックな知識を導き出すためには、のんびりと何年間も観察している余裕がないという箇所が泣き所なのかも知れません。科学が証明出来ない現象は幻想に過ぎないという人がいますが、それはとんでもない科学過信という迷信です。
旧い言い伝えや村の古老が語り継ぐ伝承などに、永い歳月にわたる観察の精華が導き出した計り知れない真実が潜んでいます。そうした知恵に敬意を抱き、大切にしてゆきたいものです。

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