11月23日(水)/晴
随分怠けてしまったものです。お詫びいたします。
早いもので、もう11月も下旬です。今年も、わずかに一ヶ月少々を残すばかりです。エッ、いつの間に?と思うほどに光陰矢の如し、歳をとってからの月日の流れの速やかさには驚くばかりです。
そんなことばかりぼやいていても始まりません。一歩も外へ出ずに一日が暮れるような生活をしていると、体重ばかりがジワジワと増え、年寄りの生活習慣病の危機が迫ってくるだけです。
今日は天気も良し、気温も程々に暖かく、家に燻っているのはいくらなんでも気が咎めます。腰に万歩計をくっつけて散歩に出掛けました。
例年なら鮮やかな黄色に輝いている公孫樹の葉が、今年は青々としています。紅葉もちぐはぐで、木立も戸惑っているようです。晩秋、または初冬というのに、 くっきりと空が晴れ上がることもなく、富士山の遠望が、今年は霞がかかったようにほとんど見えません。温暖化現象なのでしょうか、自然のサイクルが崩壊し つつあるような不気味な印象です。そんな影響なのかどうか、色とりどりの小菊ばかりが恐ろしい勢いで繁茂していました。
近くの里山を中心の散歩には、珍しい花を発見し愛でる楽しみがあります。
11月末というのに、エンジェル・トランペットがまだ咲いているのには驚きました。
また、野原の真ん中に、高さ3メートル以上もある草で直径20cmもある白地に薄紅の縁取りのある花を見つけました。はじめて見た花で名前は分かりませ ん。とりあえずカメラに収め、家に帰ってからパソコンで検索しようと何枚も撮影してきました。検索の結果、ツリーダリア、またはコダチダリアというダリア の原種なのだそうです。それにしても何と背の高いダリアでしょう。木ではなく草本であんなに背が高く大きな花は、日本では見たことがありません。
話は飛躍しますが、地球温暖化現象は、いろんな意味で私たちの生活に変化や影響を及ぼしています。
「人の噂も75日」の喩えではありませんが、アメリカ南部のハリケーンによる洪水にしても、海面水位の上昇が影響していたことは明らかです。ヴェネチアの サンマルコ広場などは、大潮の満潮時には広場が冠水するといいます。世界中には、こういう現象がいくらでもあるそうです。
北極・南極の氷が溶け出したり、氷河の裾がどんどん後退していることは誰もが承知していることです。
しかし、地球温暖化を阻止すべく提議された京都議定書のCO2削減が、その発議国の日本でさえ達成不能ということです。しかも、仮に達成された場合、その 余剰数値が商業的に売買されるというのは、一体どういうモラルから発想されるのでしょう。資金さえあれば、CO2の垂れ流しは認められるということでしょ うか。こういう考え方は、地球の使い捨てを承知しなければ発想できない考え方です。差し当たり、私たちの子供、孫、せいぜい曾孫世代あたりまで維持出来れ ば、地球は使い捨てでも構わないとでもいうのでしょうか。
私たちがすっかり身に沁みた便利さを支える工業を捨てるか、それとも地球の使い捨てを覚悟するか・・・私たちは今、そこまで追い込まれているということを、肝に銘じて考えなければならないと思います。何とも、心が寒々とする話ですね。
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