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	<title>Letter from Zen</title>
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	<description>禅からの手紙</description>
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		<title>２００７年１０月２日(火)／曇り</title>
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		<pubDate>Tue, 02 Oct 2007 06:05:56 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[>こんにちは！
おせっかいだとは思いますが、イギリスはアメリカズカップの歴史の中で１度もタイトルを手にしたことがなく、したがって防衛艇を作ったことはないと思います。 by Ｋ／ＩＷＡＭＯＴＯ — 2007/10/1]]></description>
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		<title>２００７年７月１２日(木)／雨</title>
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		<pubDate>Thu, 12 Jul 2007 06:31:04 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[台風４号が南海上で本土をうかがっている。
そろそろ、この時期は次々と台風がやってくる季節だ。いつだったか、台風が大暴れして過ぎて、台風一過のタイミングで梅雨が明けたことがあった。夏を目前にして、心に海を抱えている人にとって、そわそわと落ち着かず胸躍る季節だ。
身体が思うように活動してくれないから、この季節、昔のようにヨットにのめり込んでいるという訳にはいかないけど、インターネットを通じ、情報だけはいくらでも入ってくる。
アメリカスカップの決勝が、歴史的僅差で勝敗が決まったとか、大昔（現在のクラスボートの２代前。１２ｍ級の前代)のアメリカス・カッパーであるＪボートの「Endeavour(エンデバー)」がいま日本に来ているとか・・・。
随分昔になるが、舵誌のグラビアでＪボートの写真を見たことがある。ブームはマストからスターン（船尾）までいっぱいに延び、マストの高さは我々の常識を遥かに超えて高かった。ランニングの風を受け、スピンネーカーとジェネカー、それに巨大なメインセールを左右に大きく開いた様は、大鷲が誇らしげに翼を広げた姿に見えたものだ。確か、１９３０年代のイギリスの防衛艇だから、建造７０年を遥かに超えている。しかし、その船型の美しさは、これぞヨットというべき美の究極といって過言ではない。
話が風任せで、あらぬ方へ流れてゆくが、かといって別に定めた話題があった訳でもない。まあ、たまたま珍しく郵便受けに手書きの葉書が舞い込んだことに、随分ご無沙汰のこのページに書いてみようかと心が揺れたことが発端ではある。
葉書の主は、ヨット「あうん」のオーナー、九里(くのり)さん。投函地は沖縄・宜野湾市である。彼は、気楽に日本全土を一回りしようと愛艇でクルーズ中である。
彼は、過日、鹿児島の谷山港から電話を掛けてきた。「谷山に舫をとったら、周りに「海連」や「ファーザー」がいる。急に、zenに電話してみたくなった」という意味のことをいっていた。ご存知のように「海連」は今給黎教子、｢ファーザー」は山脇一郎（通称・ケンちゃん）のヨットである。
折角だから、噂に聞く、鹿児島の熱いセーラー魂に触れてもらいたくて、各方面にメールやら電話をして、ホスピタリティー方々、お引き回しをお願いした。
そんなご縁から、７月５日に沖縄・宜野湾に入港したというお知らせの葉書を頂いた訳である。
文面は、連日の猛暑、近づく台風シーズンに触れた短いものだが、葉書の下半分、僅かにヴィリジアンを滴らせたセルリアン・ブルーの絵の具を、ずぼらな筆で捉われるものもなく置いたような彩色があって、その下に「宜野湾の海」とキャプションが記されていた。
それで充分だった。私の想いは、心を吸い寄せるような南国の海にいざなわれ、久しく文章を編む意欲も起こらなかった私に、このページに何かを書き訴えたいと思わせるインパクトを与えた。
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		<title>３月２９日(木)／快晴・強風</title>
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		<pubDate>Thu, 29 Mar 2007 15:25:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator>zen</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分類]]></category>

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		<description><![CDATA[花に嵐とはよくいったもので、桜の満開時には、花を散らしはせぬかと気を揉ませる風が吹くものだ。今日もまさにそういう風は吹き荒れている。
また、こういう日、つまり、前線が通過中で強風が吹く日は、私の偏頭痛の日でもある。朝から、頭の中を通奏低音のような痛みが反響してとどまることがない。何をやる気力も湧かず、ただ時折頭を拳で叩いてみたり、こめかみを指で押さえてみたり、気象が安定して頭痛が去るまで無為な時間を悶々と過ごしている。
しかし、悶々と無為に、或いは、無気力に日々を過ごすのは、何も偏頭痛ばかりに起因するとは限らない。
先日、あまりの不甲斐ない自らを顧みて、一体どこで気力を置き忘れてきたのだろうと考えてみた。
あんなにも身を削り鎬（しのぎ）を削り、他と競って一歩もひけをとらず、むしろ常に勝ち組に勝ち残り、仕事に趣味に新境地を切り開いて来たではないか。その勢いをそのままに、単独、ヨットを駆って世界の海へ挑んだあの気力は、一体どこへ消えてしまったのだろう。
２５年間勤務した会社を、突然たった３時間で辞め、世界の海へ想いを馳せた。毎日、寸暇を惜しんでヨットを整備し、傍ら、未知への心を練った。全ては覚悟の問題だった。最悪でも死ぬだけだ。しかも、単独だから誰をも巻き込まず、誰にも迷惑はかけないということが心の慰めだった。まあ、死ぬつもりで海へ出掛けて行くわけではなく、生きて世界の海を楽しむことが本意だから、世界中のパラダイスといわれる所を研究した。ヨーロッパに辿り着いた時を想定して、ギリシャ神話は徹底的に学んだ。
でも、不思議なことに、航海が終わった後のことは、全く考えることがなかった。
今にして思えば、航海の後に自分の人生が続くということに想いが及んでいなかったし、航海後の人生なんて、はっきりいってどうでもよかった。
講演などで航海談の締めくくりに、私はよく『ヨットを駆って世界の海へ出て行くということは、今までの人生に一区切りつけて、もう一つ別の人生を始めるということです。それほど画期的に、未知の世界で未知の自分を発見することなんです』と話す。
人の未来なんて誰にも分からない。医者に余命１年なんて宣告されても、私の知人に既に３年も生き永らえているしぶとい奴もいる。だから、航海後の人生を計画しなかったからといって、私の人生の道筋が消え果てているというものでもない。時間は着実に流れ、いつの間にか、正に老耄の世代に足を踏み入れている。そればかりか、自ら予測もしなかった物語が展開し、人の世の、或いは人生の機微に一喜一憂し、時に感じ入ることもある。
しかし、航海計画と共に、航海が終了した後をどのようなシナリオで生きて行くかを、航海に先駆けて考えていなかったという不用意が、今、この人生の無気力と不如意を象徴しているように思えてならない。若しかすると、日々の暮らしはお釣りの人生ではないのか？航海の終わりで、本当は私の人生は終わっていたのではないか？そんな風に思うと、ついつい生きる気力に下っ腹の力が入らない。
そんな無気力な私を客観的に観察してみた。
あ～でもない、こ～でもない、そんなことを常日頃ぼやいて日々を送っているのも、如何にも年寄り臭く、どうやら年寄りの習い性のようなものらしい。その証拠に、ヨットだドライブだと、結構連れ合いと若者みたいにはしゃぎ回って日々を送っているではないか。ぼやく前に、不用意な人生にも拘わらず、それなりの充実と感動を与えてくれる周囲に感謝する心を忘れてはならない。落語の『小言念仏』ではないが、ぼやきの合間に、折々、感謝の言葉を挟むことを肝に銘じておかなくてはなるまい。
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