12月25日(日)/晴

今日はクリスマス。今朝、目覚めてプレゼントに歓喜する子供たちに、思わず顔をほころばせたお父さん、お母さんもいらっしゃったことでしょう。
また、私たちも、宗教がどうのと顰めっつらしい分別を云々する前に、みんなが心を開いて祝える慶事をいっしょに喜べたら、それでいいのだと思っています。
最近の私は、あまり外へも行かず、繁華街にも足を踏み入れることがなく、クリスマス商戦も歳末大売出しもどんな具合なのか想像もできません。そんな私が容易に思い浮かべられるのは、いまから8年ほど前のサンディエゴ(カリフォルニア)のクリスマス風景です。
第一印象は、正に世の中クリスマス一色。それは、11月末のサンクスギビング・ディーが終わった辺りからぼちぼち盛り上がり始めるクリスマス・シーズンの約一ヶ月間です。
そしてそれは、日本のように商戦がしのぎを削り、それに乗せられて庶民がそわそわしだすというのではなく、一年中で最も華やかな祭であるクリスマスを待ち切れない人々の心の高まりに、自然と街中が盛り上がるという仕組みです。クリスマスは、子供も大人も、誰もが本気で待ち焦がれ、そして楽しむ祭なのです。
その辺りのノリというものは、正にアメリカ人ならではです。オフイスに出勤するにしても、赤と緑のクリスマスカラーのセーターやジャケットを着たり、左右どちらかが赤、別の方が緑といったソックスを履いてみたり、マフラーの裏表がそれぞれ赤・緑だったり、家ごとクリスマス・イルミネーションで飾ったり・・・それはそれは、大人も子供も、お伽噺を本気で暮らしの中に取り込んだメルヘンチックな数週間なのです。
街角には、ディケンズのクリスマス・キャロルを模したシルクハットとマントとステッキの紳士やふっくらと胸高に履いたビロードのスカートにボンネットを飾り紐で頭に載せた淑女たちが街中を練り歩き、ところどころで聖歌やクリスマスソングを素晴らしいハーモニーで聞かせてくれます。
ショッピングセンターのアルコーブにはサンタのお家が設えられ、木の切り株に腰掛けたサンタが、2~4歳ほどの子供を膝に乗せて幼い子供のお話を聞いて上げるイヴェントがあちこちで行われます。子供は、サンタにどんなクリスマス・プレゼントが欲しいとか、或いは様々な夢や小さな悩みなどを打ち明け、サンタはこっそりと親に耳打ちするという仕掛けです。サンタの膝で一生懸命何かを訴える幼な子は、見ているだけで思わず笑みが漏れてしまいます。
毎日、クリスマスカードが郵便受けを満たし、折に触れて手渡され、或いは送られてくるプレゼントで、居間の中心をなすファイアー・プレイス(暖炉)とクリスマスツリーの周辺は華やかに賑わいを見せ、大人も子供も、イヴ開けの25日の朝を胸を高鳴らせて待ちます。
さて、そうしたクリスマス・プレゼントには、往々にしてデパートのタック(値札など)が付いたままなのです。
これは、若し色合いが気に入らなかったり(他の色合いの方がいいとか)、サイズが合わなかったりした場合、タックが付いているとデパートなどで品物を交換してくれるという便宜のためです。いくら開けっぴろげとはいえ、まさかプレゼントにレシートまでは付けてくれる人はいませんから、販売したお店が分かるタックは、こうしたサーヴィスのためには不可欠な訳です。(訂正:最近では、品物の交換が見込まれる場合、レシートを添付することもあるそうです。)
まあ、そこまではなかなか便利なサーヴィスと納得できますし、日本でもこんな風習があればいいのにと思われる方も多いことでしょう。こんなサーヴィスがあれば、絶対使うことがないメチャクチャひどいセンスの茶器や食器、装飾丁度品、スカーフ、ネクタイ、カーディガンなどなど、押入れや戸棚の中に眠らせておかずに活用も出来るというものです。
ところが、このサーヴィスの意外な応用法があったのです。これは、私が2年ばかり暮らした8年ほど昔のサンディエゴのことですから、現在は随分状況が変わっているかも知れません。若し、「そんなのは昔の話だよ」ということでしたら、どなたか教えて下さい。
それは、プレゼントの品物をデパートに返品して代金を現金でせしめてくるというものです。これが1、2点というのなら納得もいくのですが、豪華なドレスやコートなどの衣類、指輪やネックレスなどの装身具、電化製品や身の回りの小物から食品・飲料・・・私が知っていた女性は、一人で何十点も車で持ち込むというから凄いことです。(どこからそんなにプレゼントが来るのでしょうかネ!)そして、クリスマス明けの数日、デパートへ返品に(或いは、品物の交換に)向かう車で道路が渋滞するほどです。
ですから、デパートのクリスマス・セールの売り上げ高、または利潤は、この返品シーズンを過ぎなければ確定しないのだそうです。
日本ではちょっと考えられない商習慣ですが、したたかなアメリカ人(主に女性)は、物凄い消費イニシアティヴと逞しい生活力を発揮して、独特のリサイクルのシステムを作り上げてしまった訳です。
アメリカのことなら、大体のところ想像がつくと思われている方も多いのでしょうが、こうしたシステムが自然発生的に出来上がるという土台が、そもそも異文化なのです。
異文化は、5泊7日の観光旅行を何十回繰り返しても分かりません。何とか時間をやり繰りして、最低一年間、現地に住み、現地の言葉で暮らしてみることが大切です。日々、目からウロコが落ちる新鮮な体験を繋ぎ合わせて暮らすということは、人間としての見識も大いに広げてくれますよ。

カテゴリー: 未分類 パーマリンク

コメントを残す